写真も、アートだ——杉村知美さんが、留める光


「絵を買った」とは言う。
でも、「写真を買った」と聞くことは、案外少ない。

スマホの写真フォルダには、何千枚もの画像が溜まっている。
旅先で撮った景色、ランチの皿、子どもや友人や犬。

だからだろうか。写真は「撮るもの」「見るもの」で、「買うもの」だとは、あまり思わない。

でも、それは習慣の問題かもしれない。


「写真を買う」と言うだろうか


写真は、いつも身近にある。
撮るのも、見るのも、共有するのも、片手で済む。

そのせいで、「写真は気軽なもの」というイメージが、頭のどこかに刻まれている。

でも、画面の中の写真と、紙に焼かれて、額装されて、壁に飾られた写真は——
同じ「写真」と呼ぶには、ちょっと違うものになっている気がする。

百貨店のギャラリーで出会う1枚と、スマホの写真フォルダの1枚。
両方とも「写真」だけど、別の存在に見える。

それは、何が違うんだろう。
たぶん、「撮るために考えた時間」と、「飾るために選ばれた一枚」が、画面越しではなかなか伝わらないからだ。


撮る写真と、飾る写真


写真には、ふたつの種類がある気がする。

ひとつは、「記録するための写真」。
旅先で見た景色を、忘れないように残しておく。子どもの成長を、後で見返せるように残しておく。
これは、撮ったあとに見返すものだ。

もうひとつは、「見るための写真」。
撮った人が「この一瞬を、誰かに見てほしい」と思って、構図を考え、光を読み、紙に焼く。
これは、毎日見ていたいから、壁に飾るものだ。

スマホの写真は、ほとんどが前者。
ファインアートと呼ばれる写真は、後者。

両方とも大事だ。でも、別の役割を持っている。
そのことに気づくと、「写真を買う」という選択肢が、急に身近になる。


写真は、光を留める仕事


写真は、光を留める仕事だ。

ある瞬間、ある場所にあった光が、レンズを通って、紙に固定される。
その瞬間は、二度と戻ってこない。

絵が「描く」仕事なら、写真は「捉える」仕事。
偶然と必然が、シャッターを切る一瞬で重なる。

数時間も粘って撮るときも、ふとした瞬間に撮るときも、どちらにも作家の選択がある。
何百枚も撮った中から「これを残す」と選び、現像で色を決め、紙を選び、額に入れる。

その一連の選択が、写真を「作品」に変えていく。
撮った人と、選んだ人と、刷った人が同じ——それが、ファインアートの写真だ。

そして、選ばれた一枚には、選ばれなかった何百枚分の時間も、静かに含まれている。


紙と額のあいだに


スマホで見る写真と、紙に焼かれた写真は、別物だと思う。

ファインアートプリントと呼ばれる紙に、インクが定着している。
表面はマットだったり、絹のようにすこし光ったり、和紙のような風合いのものもある。

紙の表面の質感、光の当たり方、額の縁——そういうものが、画面の中の画像には存在しない要素を、写真に与える。

近づいて見ると、印画紙の繊維と、インクの粒子が交わっている。
これは画面では絶対に見えない、紙の上だけで起こる出来事だ。

部屋の照明の角度で、見え方が変わる。
朝の光と、夕方の光では、同じ写真が違う顔をする。
スマホでは、絶対に体験できない時間が、そこに流れている。

額に入った瞬間、写真は「画像」から「作品」になる。
そう言ってしまっても、たぶん大げさじゃない。


杉村知美さんの視線


写真家・杉村知美さんの作品は、声が大きくない。

派手な被写体や、劇的な構図はない。
でも、見ていると、なぜか目が止まる。

たぶん、それは「見るものを決めている」視線が、写真の中に残っているからだ。
通り過ぎる日常の中で、何かに気づいた瞬間が、紙に焼き付いている。

「ここに、何かがあるよ」と、声を上げているわけじゃない。
ただ、立ち止まって、よく見ている。

その視線を、自分の部屋に置く。
壁の写真を毎日見るというのは、誰かの「気づき」を借り続けるような時間でもある。

誰かが「美しい」と思ってシャッターを切った一瞬を、自分の暮らしの中に置く。
それは、自分ひとりでは気づけなかった世界を、毎日見られるということだ。


アートに、ジャンルの境はない


絵を買う、写真を買う、版画を買う。
言葉が違うだけで、本当は、同じことをしている。

「これいいな」と思った一枚を、自分の暮らしの隣に置く。
それだけだ。

油絵だから価値がある、写真だから気軽でいい——という線引きは、本当は誰のためのものなんだろう。
たぶん、習慣の中で勝手にできた境界線で、ほんとうは存在しない。

ARTiATE には、絵画も、版画も、写真もある。
ジャンルで選ばなくていい。
むしろ、ジャンルから選んでいると、本当に好きなものが、たまたまそのジャンルじゃなかったときに、出会いを逃す。

ふと目が止まったら、それがあなたのアートだ。
たまたまそれが、写真かもしれない。

それでいい。むしろ、それがいい。


Writer
ARTiATE

「わからない。でも好き。」——感性で選ぶアートとの出会いを届ける。